序章

しんと凍てついた空気が、冷たさを感じさせるのか?

内奥の空虚が外にしみ出して、空気を凍てつかせるのか?

そんなことを考え、思考中枢がチリチリと圧迫されるのを知覚した時には、何を考えていたのかも出せない空白が「彼女」を支配した。

 ずっしりと押し包む水圧をかき分けて、周辺を見渡してみる。切り立った岩礁が前後左右にそそり立ち、粉雪に似た微生物の死骸がその狭間に降る積もっていく。

直径十メートルか二十メートル程度、高さは三、四十メートルに及ぶ岩礁の群れは、一つとして同じ物がない奇っ怪な形を十重二十重に重ね、不揃いな針山の地形を闇の底に広げている。

数十億の年月をかけて岩肌をなで、岩礁の形を削り出してきた潮流は、そこここで響き合って乱流を生じさせているのだろう。場所によっては微生物の死骸が音もなく渦を巻き、吹雪のように水圧の層をかき回す光景があった。

知らない海だ。岩礁にひっそりと息づく珊瑚やイソギンチャク、時折行き過ぎる魚の動きから、「彼女」はそう再確認した。

分厚い海水の被膜が地上の光線を遮り、すべてを常闇に溶かし込んだ海底であっても、「彼女」は正確に周辺の事物を観察することができた。

深さによって異なる水温は色の違いによって認識され、生物の息吹は透明なつぶやきになって感知野を騒がせる。

それは気候や海流、海底地形のありよう一つで異なる相を示し、世界中どこへ行っても飽きなかった。

いま、「彼女」が感じているのは新しい環境に対する興味ではなく、既視感ともつかないある種の懐かしさだった。

 触れれば切れそうな岩礁の岩肌も、温暖な海流が流れ込む海面近くの相も